| 箕面 | |
古より「箕面」は文献に散見され、景勝地としても知られていたようです。箕面川渓谷にある箕面大滝は、落差
33メートルもあり、秋の紅葉時期には素晴らしい景観を演出します。この大滝の流れ落ちる姿が、農具の「箕
(み)」に似ていることから箕面滝と呼ばれるようになり、これが地名の由来にもなったとされています。
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| 千里山 | |
千里山(ちさとやま)から由来しています。千里山は、桜井谷から上新田に起伏する連丘で、寝山(ねやま)
とも呼ばれています。起伏が数里に及び、その間に99もの谷があった(九十九谷)ので、その広大さから
「せんりやま」と呼ばれる様になりました。
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| 伊丹 | |
応神期(4世紀頃)、呉から呉織(くれはとり)、漢織(あやはとり)ら4人の織工女が渡来し、この地に
機織、裁縫の技術を伝えたことから、「糸を績む(うむ)」土地→「糸績」が転じて伊丹と呼ばれる様にな
ったと言われています。また、大昔、糸の様に細長く長い入江の奥に位置していたので「糸海」が訛ったと
も言われています。
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| 池田 | |
この地域は、池田の地名になるまでは「呉庭(くれは)荘」と呼ばれていました。これは、伊丹と同様に呉織、
漢織が渡来したことに由来します。後、室町時代にこの地に国人池田氏が居を定めたことから、地名も池田と
なりました。
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| 園田 | |
平安時代にこの周辺に、果樹園を中心につくっていた「橘御園(たちばなみその)」という
荘園がありました。これが後に廃れ田地になりますが、地名は「御園荘」と残ったことから、後に「園田」と
いう地名が生まれた。
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| 山本 | |
山本の名は古くからあり、「和名抄」(10世紀)に既に「摂津国河辺郡山本郷」と確認できます。
長尾山系の山麓にあることからきた名です。
阪急電車の駅は、もともとこの地域に山本駅と平井駅がありましたが、昭和19年に統合されます。現在も
住民の要望で山本という駅名の下に(平井)と名を残しています。平井は、山本の東北に位置する所で、藤
原保昌の故里です。藤原保昌は家号を平井といい、和泉式部の再婚の相手として知られています。
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| 豊中 | |
明治22年、攝津国豊島郡の新免村など5村が合併し豊中村となります。豊島郡の中央にあ
たることから豊中と称されました。
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| 石橋 | |
旧能勢街道と旧西国街道が交差する、その交差点の西側の溝にかかっていた橋に由来します。
明治40頃までは、幅2間、長さ1間の一枚岩で、その中央に浅い孔があいていました。
文久3(1863)年、尊攘派の三条実美は、攘夷親征の大和行幸を計画しましたが実現出来ず、同士の公卿
6名と長州に下ることになりました(七卿の都落ち)。その道中、この石橋にさしかかり、静かに祈っている
と、明るく光るものがみえ、彼らが立ち去った後、石に馬の足跡が残ったという伝説があります。
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| 淡路 | |
延喜元(901)年、右大臣であった菅原道真は、左大臣藤原時平等による陰謀にあい、
九州大宰府に左遷させられてしまいます。道真が海路で大宰府へ移動途中、悪路に阻まれ、淡路島と勘違いし
この地(現在の西淡路町周辺)に上陸したことから名が付きました。
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| 曽根 | |
諸説ありますが、平安時代の記録に「曽根」という人名がみえることから、曽根氏が居を構え
ていたからという説があります。また、曽根は当て字で本来は「埆」と書き、「石の多いやせた土地」を意味
し、地形からきた名だとする説もあります。
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| 高槻 | |
この地に天月弓社があり、これを「高月読社」とも呼んでいたことに由来すると言われてい
ます。また、神武天皇の大和平定に功があり、入江三島を賜った味麻治命(あじまじのみこと)が戦に出る時、
いつも月象の印の旗を使用していたことから「高月」の地名がついたとも言われています。
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| 茨木 | |
大同2(807)年に、坂上田村麻呂が開いた町として知られています。『日本霊異記』に
島下郡味木里(うまきのさと)が訛って「いばらき」となったといわれています。村名は宝亀年間に「棘切」と
なり、イバラの茂る野原だったこともあり、これが後に「荊木」「茨城」となり、現在の「茨木」に至っていま
す。余談ですが、日本で最初に学校プールが出来たのもこの地茨木(府立茨木中学校)です。
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| 六甲 | |
平安時代の『夫木集」の「秋の夜の務古の高根にゆきふいて 津守の浦によする白波」
の務古(むこ)に「六甲」(むこ)の字をあて、これを音読みしたのが六甲(ろっこう)だとされています。
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| 吹田 | |
三島地方には渡来氏族が多く、定着して集落をなしていました。彼らの村(スキ:三韓の言葉)に
属する田「スキ田」が「鋤田」「次田」等と書かれる様になり、音便の転化と、「次」と「吹」の草書体が似ていた
ことから、吹田(すいた)となりました。
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