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朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸って旦那様が、
「あ」
と幽かな叫び声をお挙げになった。
それが、佐間利家の崩壊の、始まりでした・・・・・
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この夏、わたくし市原悦夫は、家政婦紹介所のつてで
とあるお屋敷で働くことになりました。
旦那様は、佐間利様と申しまして
この界隈では一番の大金持ち。
御自宅の広大な庭園に拾弐億円もかけて
巨大な宴会場をお作りになり、そこのお客様のお世話に
多くの使用人が要るということで、
わたくしにもお声がかかったのでした。
佐間利家といえば、日本で知らぬ者はいないほどの御名士。
さぞやお給金もはずんでいただけるに違い無い、と
軽い気持ちで引き受けたわたくし。
まさか、あのような惨劇に巻き込まれるとは
誰が想像しえたでしょうか。
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わたくしは、紹介状をもって、佐間利様の御屋敷に向かいました。
着いてみると、聞きしに勝る大邸宅。そして広がる大きな御庭には
噂の大宴会場がそびえたっておりました。
金閣寺がはだしで逃げ出すような豪華さ、
六本木ヒルズが腰を抜かすような巨大さ、
国会議事堂が泡ふいて卒倒しそうな荘重さ。
わたくしは、その醸し出すオオラに、
「えらい所に来てしまつたよ」とため息をつきました。
図1 贅の限りを尽くした大豪邸
わたくしの佐間利家勤めが始まりました。
驚いたことに毎日毎日、昼ひなかから旦那様は、
各界の著名な方々を招待し、大いなる宴を催すのです。
そこでは世のスタア達による華麗なステエジが繰り広げられ
名士達の社交場と化すのです。
壁面は360度のスクリイン、そして画面には
歴史上の錚々たるスタア達の映像が、要約の形ではありますが
終始流れておるのです。
お給仕にいそしむわたくしたちですら、その催しの壮麗さと
華々しい雰囲気に、時には我を忘れてしまうこともありました。
そうそう、司会の方も、
たいそう良家の御出身だったそうです。
図2 名士達の集う宴
もちろんその、数々と舞い唄われる有名人の中には
我らが仁様も入っておられました。
ある日など、他のスタアの方々と、
ステエジ中央で手を組まれたかと思うと
宙天高く舞い上がるではありませんか。
ただでさえ、天使ガァーブリエルか、はたまた
ミィーカエルのような存在の仁様が、お空をお飛び遊ばす姿はまさに
マイエンジェル。ああユアエンジェル。
足先までも、まるで見えない硝子の上に
そっと置かれているかのように、微動だにしないその風格。
お美しいかたは、フラァーイングあそばす時もお美しいのだ、と
テェーブルのお皿を片づけながら、ウゥーットリしておりました。
図3 フライングばっちり仁
もちろんスタアは仁様だけではございません。
あの亀様も、凄うございました。
ある時、私が、「Jブロ11列10番」と書かれたあたりで
お客様方へのお給仕をしている時など、
物凄い歓声に上を見上げれば、なんとそこには
1メエトルほど先に、宙吊りになった亀様のお顔が!
ひいいいいいいいいいいいいいいい、と
わたくしはあまりの事態に絶叫し、手にもった皿の料理を
横にいたお客様の顔にぶっかけてしまいました。
亀様は、そんな下界の些末な事など気にもとめず
悠々とアクロバットをご披露なさいました。
あまりの格好良さに今度は、手に持っていたデカンタのワインを
横にいたお客様の顔にぶっかけてしまいました。
亀様、最高です。男前です。
ちなみにクリーニング代は痛かったです。
図4 アクロ亀様
そんな悦楽と豪奢の日々が、何日か続きましたあたりから、
なぜか、この家に、不幸な災難が続きはじめたのです。
それはまるで、富と権力と名声の頂点に昇りつめた佐間利家が
これまでに人様からかった恨み、つらみ、そねみ、ハラミ、
あ失礼、それは焼肉でした、そんなものものが怨霊のように
襲いはじめたに違いなかったのだ、と
わたくしは今になって、思うのです。
とある日など、集われた方々の中で
小競り合いの喧嘩が、始まったのでした。
原因はわかりません。たぶん誰かが
誰かの楽屋の御菓子を食べたとか、そんな些細な事なのでしょう。
そこに居た人々が6人ずつに別れて
殴り合い掴み合いの喧嘩をはじめたのです。
一介の家政夫であるわたくしは、ただおろおろするばかり。
すると目の前の通路で、こともあろうに、あの仁様が
あの、お美しい仁様が、何者かによって殴られ
床にふせっておしまいになられたではありませんか。
豹柄のコヲトを華麗にまとい、横たえられたその肢体は
ああ、思い出しただけでも、なまめかしいお姿。
「けんかに負けて、美しさに勝ったぜぐはははさすが仁様」などと
そんな呑気なことをわたくしが考えただろうですって?!
なんと失礼な!!!
あのお慕い申し上げる仁様がお倒れになっているのに
そんな不謹慎な事を考えるとでも思っておられるのですかっ!
滅相もない!
わたくしが思ったのは
「けんかに負けて、美しさに勝ったぜぐはははさすが仁様は
なにさせても美しいなあもうっっつーか殴りやがったてめえ
ただじゃおかねえぞあとでグッズ売り場の裏へ来やがれこの
市原様の目の前で仁様を殴るたぁいい度胸してやがるぜこん畜生
許さねえぞあほんだらボケカスてなこと言うひまも無いほど
やっぱ仁様かっこええわあああめろめろめろめろめろあはあん」
でございます。
図5 倒れ伏す美・仁様
喧嘩騒動だけでも大変でしたのに、
それに輪をかけて、ある日恐ろしい事故もおこりました。
なんとおフライングあそばす仁様が、着地の際、
観客席のど真ん中に降りてしまったのです。
きっとオペラ座の怪人か、グローブ座の奇人か、
松竹座の変人かなんか、とにかくそんなような輩が、
ワイヤアの長さを調節し
この痛ましい事件を作ったに違いございません。
ちょうど「ツキノミチ」をお唄いになりながら
仁様が華麗にお飛びあそばしていた時、
通路に降り立つはずが、なぜか横の
観客席の方にずれてしまいました。
仁様のおからだは、居並ぶ観衆の中へ、もろダイビング。
場内は騒然。見ていた誰もが、仁様とお客様の安否を気遣いました。
しかし幸いなことに、ゆっくりと舞いおりられたために
双方にお怪我はなく、仁様はほどなく通路に戻られました。
しかしそこで、仁様は。
ご自分の歌がもうすぐであるにもかかわらず
落ちた付近のお客さまに向かって手を合わせ、
頭を何度もさげ、「ごめんなさいね、ごめんなさい」と
せつない顔で真剣に謝っておられるではありませんか。
わたくしは、そんな仁様の、どんな時でも
人として基本的なことを為す態度と
そのお優しさに、深く深く心をうたれたのでした。
今度はわたくしの上に舞い降りて下さいお願いですから。
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図6 ごめんね仁
こうして数々の事件・事故が続きました。
それでも旦那様は、強硬に宴を催し続けたのです。
そして、人々の不安が頂点に達した時、
最悪の出来事が、起こってしまったのでした。
それは宴の最中、
ギリシアをテーマにした出し物の時でした。
あどけない少年達が万国旗をもって舞う、その中心に
仁様は、天から舞い降りて来られたのです。
そのお唄いになるお姿たるや、観客の誰しもが
息を呑むお美しさでした。
そのお声も、聴く者の心をとらえて根底から揺さぶる
感動的なものでした。
わたくしも仕事を忘れ、目は朦朧とし、口は半開き、
あられもない姿でおりましたが、そこにおられた方々は皆、
そうなっていたように思います。
ところが。
場内の観客が、その美しさに酔いしれていた瞬間、
悲劇はおこりました。
なんと、今までお元気に唄われていた仁様が
急に意識を無くされ、宙吊りのまま
ぐったりとなったではありませんか!
きっと誰かが、毒を盛ったに違いない!
突然の事態に場内は大パニック。泣き叫ぶ者、うろたえる者、
救急車を呼ぶ者、ゴンドラをこぐ者、うさぎ飛びする者、
輪になって踊る者、紅く燃ゆる者など、大変な騒ぎになりました。
すぐに仁様は下にあった布の上に降ろされました。
そのあとはどうなったのか、わたくし、
気が動転していて全く覚えておりません。
(なぜか記憶の片隅に、布に隠されたあと仁様が
何事もなかったかのように自分で立ち上がり、平然と金具をはずし、
ひょこひょこ楽屋に帰っていった映像が残っているのですが、
きっとわたくしの願望による誤った記憶なのでしょうね)
図7 希臘仁の最期
この事故ののち、宴はもちろん中止。警察の調べやら何やらで
佐間利家も慌ただしくなり、従業員はわたくしも含めみな解雇。
その後、大邸宅もいつしか取り壊され、佐間利家の行方も
わからなくなってしまった、と人づてに聞きました。
盛者必滅、栄華必衰。この世のことわりは
いかなる者にもかかるわざをなすものよ、と
家ではるみちゃんの世話をしながら
恐ろしくも華やかだった現代貴族の末路を哀れむ、
そんな秋風の候、でございます。
え?なぜ旦那様はスウプを呑んで叫ばれたか、ですと?
それは多分、
「あ。そろそろ冬の横アリおさえとかな」とでも
お思いになったのでしょうかねえ。
今となってはわかりませんよ、ええ。
(続く)
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