波照間への旅ー1  
波照間への旅
プロローグ
(1)

2003年5月24日、父の卒寿のお祝い会。高齢の父の体調を考えて、遠出はやめて、わが家に父の子供達、つまり私の弟二人とその家族が集まった。うれしかったのは従兄が父の姉(93歳)を連れてきてくれたこと。
優しくしっかりものの伯母だったけれど、ここ2,3年会っていない。

(自動車での長時間の移動が体力的に無理な父、少し老人性痴呆状態ぎみの伯母。姉弟はお互いを思いながらも会えなかったのだ)

一族は17人、父を囲んで和やかにひとときを過ごすことが出来た。高齢の伯母と父は身体が疲れると代わる代わるのようにベッドへ!末の弟の子供達はまだ小学生。片隅で電子ゲームに興じている。まとまっているようないないような。年齢差ばらばらの素敵なお祝い会でした。

いたわられることが大好きな父が老いた伯母を一生懸命いたわっています。ちょっとした感動もののシーンです。
私もいつか弟にあんな風にいたわられるのかな!そんなに長生きはせんぞうっと思いつつも・・・・それは天の神様が決めること!!
(2)

私は、このお祝い会のあとに一つの計画を目論んでいた。三重県から泊まりがけで来る弟夫婦に2,3日父を看て貰って何処かへ旅をしようという計画である。老いた父を娘が看るというパターンは最も理想的のように言われるが、生やさしいものではない。特に看る娘への世間の期待は厳しい。看る幸せを思えといった感じで迫ってくる。親を思わない子は多分いないだろう。私だっておなじこと。でも、一日も休まず老親の吐息を聞きつつ過ごすのはこちらの神経が参ってしまうのだ。
しかしながら、父はまだ寝たきりというわけではない。(殆どベッドの上だが)散歩や家の向かいの病院への通院、などなど十分に出来る。更に頭が冴えている。そんじょそこらの若者なら言い負かされるだろう!

だから私も短歌の会の編集日には家を空けるし、その他の会合にも出かける。昼食は準備しておくこともあるが、体調の良い日は近くの店での外食もしてくれる。
とはいっても、私の外出は、すべてやむおえない場合だけ、自由に心を遊ばせる為の外出、外泊は殆どしない。理由は一つ、父の介護を人に頼むための準備や手順が面倒なのである。
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これは、いけない。ぜったいいけない。私が私でなくなる。
旅に出よう!余り人の行かないところへ行こう!きれいな海が見たいな!しずかな空が見たいな!
旅に出よう

BGMは「沖縄音楽素材集」<http://www2s.biglobe.ne.jp/~marebito/mroom/midi/index.html>で頂きました。
花ぬ風車 (はなぬかじまやー)midiです。三線でしょうか。わらべ唄的なmidiです。